独り言が多い人は、変なのか。
むしろ逆で、
思考が深い人ほど、声に出して考えているのかもしれない。
少なくとも、私はそうなりつつある。
最近、あえてひとりごとを言うようにしている。
「ちょっと待てよ」
「ここ怪しいな」
「いや、違うか」
誰に聞かせるわけでもないのに、わざと声に出す。
端から見れば、ちょっと変な人かもしれない。
でもこれ、やってみると意外といい。
むしろ、思考の質が一段上がる感覚がある。
きっかけは、仕事で見たある光景だった。
■ 工場で見た「ヨシ!」の意味
仕事柄、自動車メーカーや機械系の工場に入ることがある。
ああいう場所は、とにかくスケールが大きい。
「工場」というより、ひとつの町がそのまま機能しているような感覚に近い。
中ではトラックやフォークリフトが走り回り、
ときには発売前の試作車が普通に通り過ぎていく。
最近ではAGVと呼ばれる搬送ロボットも、無人で行き交っている。
つまり、歩行者にとっては普通に危険な環境だ。
(AGVは人を検知すると止まってくれるけど、
すべての車両がそういうわけではない。)
だから、工場の中ではあるルールが徹底されている。
交差点では必ず止まる。
右を見る。左を見る。
そして指をさして、「ヨシ!」と声に出して確認する。
いわゆる「指差し呼称」だ。
若い人もベテランも、日本人も外国人も、全員がやる。例外なくやる。
正直、最初に見たときはこう思った。
「ちょっと大げさじゃないか」
「そこまでやらなくてもいいのでは」
でも、実際にやってみると印象は変わる。
右を見て「ヨシ!」
左を見て「ヨシ!」
ただそれだけのことなのに、
確認の“確実さ”がまるで違う。
視線だけの確認より、
声と動作を伴った確認のほうが、明らかに処理が深い。
ここで気づいた。
声に出すことで、
人は“認識を確定させている”のかもしれない。
■ わざと、ひとりごとを言う理由
そんなこともあって、最近はあえてやっている。
わざと、ひとりごとを言う。
思い出すのは、小学生のころのクラスメイトだ。
その子は、とにかくひとりごとが多かった。
授業中でもお構いなしで、ずっと何かをぶつぶつ言っている。
特に印象に残っているのが、算数の時間だ。
問題を解きながら、
「えーっと、まずは単位をそろえて……」
「いやいや、待てよ。これはひっかけだ」
そんな感じで、ずっと自分と会話している。
正直、当時はけっこう気になっていた。
というか、はたから見れば普通に迷惑だったと思う。
でも、最近になって、その子の真似をするようになった。
理由は単純で、
このほうが自分の理解が進むからだ。
頭の中だけで考えていると、
「なんとなくわかった気になる」ことがある。
でも、声に出してみると、
「ここ、説明できないな」
「この前提、曖昧だな」
といった“抜け”が見えてくる。
■ ひとりごとは「思考のデバッグ」
工場での「ヨシ!」も、
あのクラスメイトのひとりごとも、
今の自分のひとりごとも、
やっていることは、たぶん同じだ。
エンジニア的に言えば、
頭の中だけの思考は、未確認のコードに近い。
動いている“気がする”だけで、
実際にはバグが潜んでいる。
でも、それを言葉にして外に出した瞬間、
強制的にチェックが走る。
ひとりごとは、
思考のログ出力であり、
デバッグ作業でもある。
実際、ひとりごとを使って思考を整理している人ほど、
ミスが減り、理解も深くなる。
つまり、独り言が多い人は、
単に「変」なのではなく、
思考を深くするやり方を知っている人なのかもしれない。
■ ひとりごとは、意外と合理的な行為
ひとりごとは、ただのクセではない。
思考を整理し、確認し、確定させるための行為だ。
だからこそ、あえてやる価値がある。
■ ただし、ひとつだけ問題がある
ここまで書いておいてなんだけど、ひとつだけ問題がある。
ひとりごとは、たしかに役に立つ。
でも、
電車の中でやると、ちょっとだけ周りがざわつく。
なのでおすすめは、
小声か、もしくは心の中で「ヨシ!」と言うこと。
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